新規事業を動かすのは、戦略でも事業計画でもない。最初の顧客だ。

なぜ、新規事業は進まないのか

企業の経営者や管理職の方と話をしていると、よくこんな話になります。

「新規事業をやりたいが、なかなか社内が動かない」

私には、その気持ちが痛いほどよく分かります。
なぜなら、私自身が会社員として新規事業の立ち上げを担当し、同じような壁に何度もぶつかってきたからです。

新規事業が進まない理由は何でしょうか。

アイデアがないからでしょうか。
企画力が足りないからでしょうか。

私はそうは思いません。

むしろ、新規事業が進まないのは、本業が順調だからです。

既存事業は、順調に利益を生み出している。
お客様もいる。
仕事のやり方も確立できている。

多少の問題はあっても、決められた線路の上を走って改善を継続すれば利益が出る状態です。

その世界から見ると、新規事業は極めて「異質」な存在です。

売上は読めない。利益も読めない。
資金と時間と労力を費やす手も、成功する保証もみえない。
何年後に成果が出るかも分からない。

つまり、不確実性の塊です。

新規事業を担当する側は夢や可能性を語ります。
しかし本業側から見れば、利益を生み出す保証のない投資です。

いえ、むしろ本業が生み出した利益を食い潰す「厄介者」にさえ見えるでしょう。

だから、当然ですが人材は回ってきません。
予算も付きません。
楽観的な見通しに厳しい質問ばかりが飛んできます。

でも、これはもちろん会社が冷たいわけではありません。

経営として考えれば当然のことです。
確実に利益を生み出す仕事と、成功するか分からない仕事があれば、多くの人は前者を優先します。

だから新規事業は苦しいのです。


「同情するなら、人をくれ」

当時、私は会社内で色々な人に相談をしました。

返ってくる言葉は、「大変だねー」

そういう返事に対して、本気で思いました。

「同情するなら、人をくれ」

人がいない。
予算もない。

それでも前に進めなければならない。

ということは、自分でやるしかありません。

私のやった突破策

あるサービス開発の初期段階、私はターゲットになりそうな企業を80社ほどリストアップしました。
そして情報交換をお願いするための手紙を送ることにしたのです。

訪問先の会社で聞いた悩みや課題を整理し、
「同じようなことでお困りではありませんか」
という内容を簡単な文章にまとめました。

文章は自分で考えました。
印刷も自分でしました。
封筒の宛名も自分で書きました。
手紙と名刺を封入し、郵便局へ持って行くところまで全部自分でやりました。

今振り返れば笑い話ですが、誰も手伝ってくれませんでした。

それが新規事業です。

まだ成果が見えていない段階なので、チームメンバーでさえも信じていません。
だから、誰も本気では動いてくれません。

しかし私は、それを悲観してはいませんでした。

むしろ知りたかったのです。

私たちが考えている課題は本当に存在するのか。
本当に困っている会社はあるのか。

それを確かめたかったのです。


メンバーの目の色が変わった瞬間

手紙を送った後、小さな変化が起きました。

送付先から連絡が入り始めたのです。

「一度話を聞かせてほしい」
「うちも似た課題を抱えている」
「情報交換をお願いしたい」

そんな反応がポツポツと返ってきました。

すると、一緒に活動していたメンバーの目の色が変わり始めました。

「あれ?」
「なんでこんなに簡単にアポイントが取れるんだ?」

そんな反応でした。

私は今でもその時の空気を覚えています。

それまで半信半疑だったメンバーが、前向きになった瞬間です。
風向きが変わったように思えました。

それからは、
会議での発言が増える。
改善案が出てくる。
指示を待たずに動き始める。
自分事として考え始める。

私はこの変化を見るのが本当に嬉しかった。

事業が評価されるかどうかも大事ですが、一緒に苦労してきたメンバーが自信を持ち始めたことが嬉しかったのです。

新規事業は事業を作る活動であると同時に、人を育てる活動でもあるのだと思います。

そして、その後さらに面白いことが起きます。

それまで見向きもしてくれなかった、社内の人たちが近づいてくるのです。

「あれ、なんだか面白そうなことをやっているね」
「お客様の反応はどうなの?」
「少し話を聞かせてよ」

こちらから説明しなくても、どこかで話を聞きつけて情報収集に来る人が現れます。

組織の空気が変わり始めたことを感じました。

しかし、重要だったのはアポイントが取れたことではありません。
手紙という手法でもありません。

本当に価値があったのは、
私たちが考えていた課題が、多くの企業に共通して存在していたことが確認できたことです。

つまり、
「顧客の痛みは本物だった」 ということが分かったわけです。


「いいですね」を信じるな

ここで一つ、私が何度も失敗しながら学んだことがあります。

それは、
「いいですね」を信じてはいけない ということです。

新規事業を担当していると、お客様へのヒアリングや提案の機会が増えます。

すると、
「面白いですね」
「いいサービスですね」
「ぜひ広がるといいですね」

そんな言葉をいただくことがあります。

しかし私は、この言葉をまったく信用していません。

なぜなら、人は目の前で熱心に説明している相手に対して、わざわざ厳しいことを言わないからです。

ましてサービスを作った本人が目の前にいる。

そこで、
「正直いらないですね」
「その課題、そこまで困っていません」
「お金を払う価値は感じません」
などと率直に言う人は多くありません。

だから表面的には褒めてくれます。

しかし本音は別のところにあります。

私自身も何度も勘違いしました。

反応は良かった。興味も持ってもらえた。
ところが契約にはつながらない。

後から振り返ると、お客様は最初から買うつもりなどなかったのです。


お金を払う理由を聞け

だから本当に確認すべきことは一つです。

お金を払ってでも使いたいと思うか。

興味があるかどうかではありません。
評価してくれるかどうかでもありません。
無料なら使うかどうかでもありません。

お金を払うかどうかです。

企業にとって予算を使うという行為は、本気の意思表示だからです。

そして、ここからもう一歩踏み込む必要があります。

なぜお金を払いたいと思うのか。

何に困っているのか。
その課題を放置すると何が起きるのか。
なぜ今まで解決できなかったのか。

そこまで掘り下げて初めて顧客の本当の痛みが見えてきます。

ここは営業担当者だけに任せてはいけません。
新規事業の責任者自身が顧客のもとへ足を運ぶべきです。

自分の目で見て、自分の耳で聞く。
そして顧客の言葉の裏側にある本音を探る。

その過程でしか、本当に価値のあるサービスは生まれないからです。


最初の顧客が組織を変える

私は新規事業において最も重要なのは、戦略でもコンセプトでも売上規模でもないと思っています。

いちばん大事なのは、最初の顧客です。
最初の一社です。

その顧客が、
「お金を払ってでも解決したい課題がある」 と示してくれた瞬間、組織の空気は変わり始めます。

仲間の表情が変わる。
周囲の見方が変わる。
新しい協力者が現れる。

そして事業そのものが動き始める。

新規事業が進まない。
予算も付かない。
人も集まらない。

そんな状況に悩んでいる方も多いと思います。

しかし、まず目指すべきは100社の顧客ではありません。
売上1億円でもありません。

最初の1社です。

本当に困っている顧客を見つけること。
お金を払ってでも解決したい課題を見つけること。

そして、その顧客と徹底的に向き合うこと。

そこからしか新規事業は始まりません。

最初の1社が現れたとき、それまで止まっていた会社の中の歯車が回り始めます。
そこから先は、自然と加速していくはずです。

今でも私は、新規事業を動かすのは事業計画ではなく、最初の顧客だと思っています。