【莫妄想(まくもうそう)】恐れを断ち、「今」「ここ」にある自分の価値に目覚める

決断を阻む「心のノイズ」

経営における決断とは、常に「未知」への挑戦です。
しかし、その一歩を踏み出すとき、私たちの脳内には激しいノイズが鳴り響きます。

あなたも、こう思ったことはないでしょうか?

「過去にあの失敗をしたから、今回も同じ結末になるだろう」
「もし、万が一のことが起きたら、すべてを失うのではないか」

こうした思考に囚われているとき、私たちは「いま」を生きていません。
存在していないものに囚われてしまって、一番大事な「いま」の一歩を踏み出せずにいるのです。

行動経済学で言う「現状維持バイアス」を正当化するために、私たちの脳は巧妙なストーリーを作り上げます。
そのストーリーの別名を、禅では「妄想」と呼びます。

「莫妄想」の真意:コントロール不能な領域を捨てる

莫妄想: 妄想することなかれ。過去への執着、未来への不安、自己を低く見積もる卑下、それら一切の「今ここにないもの」を断ち切れ。

中国の唐の時代、非常に高潔な禅僧がいました。
名前は、無業和尚。

彼は、身長が2メートル近くあったと言われる巨漢で、声は鐘のように響き、風貌からして圧倒的な存在感があったと伝えられています。

無業和尚は、時の皇帝(憲宗)から何度も宮廷に招かれましたが、「修行の身である」としてすべて断るほど、名声や権力に無関心な人物でした。

彼のもとには、全国から「悟りとは何か」「経営(生き方)の極意は何か」を問う修行者が集まりました。
しかし、無業は彼らが問いを投げかけるやいなや、雷のような大声でこう一喝したといいます。

「莫妄想(まくもうそう)!」

彼は、それ以上の解説は一切しません。
修行者が頭の中で難解な理屈をこねくり回し、「正解」を探そうとするその動き自体が、真実(現実)から目を逸らす「妄想」であることを見抜いていたからです。

「いま」以外は存在しない

過去はすでに過ぎ去り、誰も変えることはできません。
未来はまだ訪れておらず、誰にも正確に見通すことはできません。

私たちが自分の意志で影響を与え、変えることができるのは、唯一「いま、この瞬間」の「自分」だけです。

「莫妄想」とは、自分がコントロールできないことにリソースを割くのをやめ、自分が何とかできることだけに全精力を集中せよ、という極めて合理的な生存戦略なのです。

もちろん、過去を反省し、未来を予測することは経営において不可欠です。
しかし、それはあくまで「いま、この瞬間の行動」を最適化するための材料に過ぎません。

材料が目的(妄想)にすり替わったとき、経営者の歩みは止まってしまうのです。

私を縛り続けた20年間の妄想:卑屈な恐れ

かくいう私も、長年、巨大な妄想に囚われ続けてきました。

それは、「自分ごときが、世の役に立つことなどできないだろう」という、卑屈な恐れです。

社会人になってからの20年以上、私はこの想いに蓋をして生きてきました。

会社の歯車として、与えられた役割を懸命にこなす日々。
周囲からは順調に見えていたかもしれません。
しかし、心の中はどこか満たされない空虚感に苛まれていました。

若い頃に抱いていた「社会や国家に貢献したい」という志。
それをいつしか「自分には無理だ」という妄想で封印し、日々の業務に埋没することで、自分を高める努力からも逃げようとしていたのかもしれません。

妄想が消えた瞬間:他者の喜びという「現実」

転機は、ある種の消去法で、目的意識も持たずに取得した「中小企業診断士」の資格でした。

資格を得て、実際に現場に出てみると、驚くべき光景が待っていました。
私がこれまで「当たり前」だと思って積み重ねてきた経験、会社の歯車として必死に回してきた知恵が、目の前の経営者の方々に心から喜ばれたのです。

「ぜひ、それを多くの人に伝えてほしい」
「あなたのおかげで道が見えた」

その言葉に触れた瞬間、20年以上にわたって私を縛り付けていた「自分ごときが」という妄想は、音を立てて崩れ去りました。

妄想から逃れる方法は、頭で考えることではなく、現実の行動(いま)によって他者に価値を届けることだったのです。

私は20代の頃から「莫妄想」という言葉を知っていました。
しかし、その本当の意味を、腹の底から実感できるまでには、これほどの年月と「行動による裏打ち」が必要だったのです。

「今、ここ」の自分しか変えられない

私たちは、自分自身の意志でコントロールできることと、できないことを混同しがちです。

  • 過去: 変えることはできない。
  • 未来: 誰にも予測はできない。
  • 他人: 支配することはできない。

これら「何ともできないこと」を思い煩うのが妄想です。

私たちが唯一、自らの意志で変えられるのは、「今、この瞬間」の「自分」だけです。

「莫妄想」とは、決して「考えるな」という意味ではありません。
「過去への後悔」や「未来への不安」に浪費しているエネルギーをすべて回収し、「今、自分がなすべき一歩」に一点集中させよ、という強いメッセージなのです。

もちろん、過去を反省し、未来を予測することは重要です。
しかし、それはあくまで「今の行動」の精度を高めるための道具に過ぎません。道具に支配され、動けなくなってしまうのは本末転倒です。

こんなことに陥ってはいませんか?

  • 過大評価されたリスク: 起きる可能性が1%にも満たない最悪の事態を、あたかも明日起きるかのように恐れる。
  • 過去の亡霊: 10年前の失敗を理由に、新しい挑戦を諦める。
  • 自己限定のストーリー: 「うちは下請けだから」「地方の小さな会社だから」という、現状維持を正当化するための設定。

これらを打破するには、「いま、自分がコントロールできる最小の単位」にまで課題を分解することです。
妄想という霧の中にいるときは、足元の一歩だけを見て歩を進める

その一歩が、霧を晴らす唯一の手段になります。

自分を生きるための号令

「自分にはまだ早い」
「今の情勢では無理だ」
「過去に失敗したから……」

もし、あなたの頭の中にそんな声が響いているとしたら、それはあなたを「現状」に縛り付けておくための妄想です。

無業和尚のように、その声を自分自身で一喝してください。

「莫妄想!」

霧の向こう側にある未来を怖がる必要はありません。
自分を信じ、目の前の一点に集中してください。

誠実に踏み出すその一歩が、20年の檻を壊し、真の「主人公」としての経営へと導く唯一の道なのです。

誰も、あなたの人生に意味を与えてはくれません。
あなた自身が、意味を与えなければなりません。