【行雲流水(こううんりゅうすい)】〜時代の流れに合わせ、過去を捨てる〜

「只管打坐」の本当の敵は、思考停止

前回、私は「只管打坐(ひたすらに座る、没頭する)」の重要性を説きました。
しかし、ここには経営者が最も陥りやすい、そして私自身もかつて陥った「致命的な罠」が隠れています。

それは、「それならば、ひたすら同じことを、同じようにやり続けよう」という捉え違いです。

本当の只管打坐とは、単なるルーチンの反復ではありません。
その事業、そのサービスを始めたときに、私たちが必死に絞り出した「工夫」や「創意」。
つまり「どうすればお客様を救えるか」という純粋な探求を、一瞬も休まずにやり抜くことです。

時代が変わり、顧客が変わり、社会環境が激変するなかで、その「探求」を止めてしまったら、それはもはや座禅ではなく、ただの居眠りです。
私はかつて、自ら作り上げた成功の形に安住しようとして、失敗をした経験があります。

「行雲流水」執着を捨てれば、水のように新しい隙間に流れ込む

禅の言葉に「行雲流水(こううんりゅうすい)」があります。

空を行く雲、川を流れる水のように、一つの形に執着せず、自然の成り行きに身を任せて動く。

これは決して「無気力に流される」ことではありません。
むしろ、「目的(本質)を果たすために、手段(形)を無限に変え続ける」という、極めて能動的な姿勢です。

かつて私が手掛けた、大企業の法務部門向けサービスを例にお話ししましょう。

私たちは、当時IT化から取り残されていた法務部門に「倉庫管理とクラウド」を掛け合わせた仕組みを提供しました。
それは見事に刺さりました。

法務部門は、専門知識はあるがIT知識はそうでもない。
少数精鋭で、予算も乏しい。
にもかかわらず、書類は多いし、整理業務も煩雑。

そんな状態に一石を投じるサービスでした。

そのとき、私たちは確実に先行者でした。

しかし、そこに新型コロナウイルスの感染拡大という大きな変化が生じました。
法務のリテラシーは一気に高まり、最新のAIを武器にしたベンチャー企業が次々と参入してきたのです。

彼らはまさに「行雲流水」。
過去の資産を持たない身軽さで、今の顧客が求める「デジタル完結型」のサービスへと瞬時に形を変えていきました。

一方で、私たちはどうだったか。

「かつての工夫」で作ったサービスを、そのままの形で継続することに執着していました。
創意工夫を継続することなく、かつての形に安住しようとしたのです。

変化する環境のなかで「工夫」をやり抜くということ

本来、私が「ひたすらやり抜く」べきだったのは、一度考えたサービスを守ることではなかったはずです。
社会が変わったのに合わせて、新たに生じた法務部門の課題を解決する、という飽くなき改善(工夫)だったはずです。

顧客がAIを求めているなら、自分たちが真っ先にAIを取り入れる。
顧客が実物を捨てたいと願うなら、自ら倉庫が不要なサービスに変化する。

そうやって環境の変化に合わせて自分たちを「作り替え続けること」こそが、真の意味での只管打坐であり、行雲流水の生き方なわけです。

そこを忘れ、過去の自分の成功にしがみついた結果、形成は逆転しました。
最新の技術で武装したベンチャーという「新しい水」が、私たちを軽々と越えていったのです。

「こだわり」を捨て、「本質」を貫く

「行雲流水」の境地に立つには、自らの「過去の正解」を自ら破壊する勇気が要ります。

せっかく心血を注いで作り上げた業務フローや、かつて絶賛されたサービスモデルであっても、それが今の流れを止めているのなら、それはもはや「ゴミ」に過ぎません。

水は、四角い器に入れられれば四角くなりますが、丸い器に注がれれば丸く形を変えます。
でも、喉を潤して、生き物に力を与える役割は変わりません。

経営も同じです。

  • 「変えてはいけないもの」: 顧客に提供する価値、社会における存在意義、自分たちの軸足・よりどころ
  • 「変えなければならないもの」: 手法、ツール、組織の形(形態)

この二つを峻別し、社会の変化に合わせて、自社の本質を活かしながら、流れる水のように変幻自在に形を変え続ける。

この動的なバランスこそが、本当に重要なことです。

成功体験は、成功した瞬間に捨てる

かつての私のような失敗を、皆さんにはしてほしくありません。

もし今、あなたの会社で「これまでこうしてきたから」「このやり方で成功してきたから」という声が聞こえるなら、危険信号です。
工夫すること、考えることをやめて、思考停止に陥り始めているかもしれません。

行雲流水。

形を定めず、変化を恐れず、さらさらと流れていきましょう。
成功体験は、成功した瞬間に過去のものとなります。

成功体験を捨てて身軽になったとき、あなたの組織は再び、推進力を手に入れるはずです。

「ひたすら工夫し続けること」を止めない。
その覚悟と実行こそが、新しい時代を切り拓くための、真の只管打坐なのです。