【主人公】あなたは、誰の人生を生きているか

報われない忙しさの正体

「忙しい」

これは、物流や請負業の経営者が、呼吸をするのと同じくらい当たり前に抱えている悩みかもしれません。
現場で発生する突発的なトラブル、突然のスケジュール変更、鳴り止まない電話やメール。毎日、あっという間に時間が過ぎていきます。

私もずっと、その渦中にいました。

既存顧客との関係を維持し、新しい仕事を引き出してくる。
現場で起きたミスには原因を追究し、再発防止策を練り、孤独な戦いを続ける。

毎日、仕事が終わる頃には疲労困憊でした。

しかし、深夜にふと気が付くと、何とも言えない虚しさが心に浮かんでくるのです。

「自分は、だれのために、何のためにこれだけ頑張っているのか?」

目の前の仕事を片付けることに追われ、その先にどんな未来が待っているのか。
今の仕事を今のまま続けたとして、果たして未来はよい方向に変わるのか。

そう考えたとき、私は自分に問いかけざるを得ませんでした。

「今日一日、自分が下した決断のうち、心から『自分の意志』だと言えるものは、いくつあっただろうか?」

あの時の私は、間違いなく仕事に隷属していました。

この仕事をやり遂げたとしても、自社の成長にはつながらない。
自分にも、従業員にも、何も残らない。

ただ、明日も同じことが続くるだけ。その事実に気づいたとき、急激な虚しさが私を襲いました。

千年の時を超えた問いかけ

そんな暗闇の中で、私はある言葉に出会いました。
それが当時の私の心に深く、鋭く突き刺さったのです。

その言葉とは、「主人公(しゅじんこう)」

それは映画や漫画の主役のことではありません。
今から一〇〇〇年以上も前、中国・唐の時代の瑞巌(ずいがん)和尚が、自分自身に呼びかけ続けた言葉です。

瑞巌和尚は、毎日岩の上に座禅を組みながら、自分自身に対してこのように問いかけては答えていたといいます。

「おい、主人公!」
「はい」
「あんたは目覚めているか?」
「はい」
「他人に騙されるなよ」
「はい」

禅の世界でいう「主人公」とは、本来の自分、一人ひとりが持つ純粋で主体的な心のことです。

他人に惑わされることなく、自分の中から湧き出る声を信じ、自らの本心を頼りに主体的に行動していくこと。

和尚は自分にこう呼びかけることで、本来の自分が果たすべきこと、自分の内にある「仏性」をこの世界に表すことを、強烈に意識し続けようとしたのです。

和尚ですら、毎日自分を叱咤した

私が戦慄を覚えたのは、毎日修行に明け暮れる高徳な和尚ですら、このように毎日自分に呼びかけなければ、本来の自分から離れていってしまうという事実です。

眠り込みそうになる自分、周囲の雑音に惑わされる自分、そして「他人の考え」をそのまま受け入れて思考を放棄してしまう自分。
和尚は、自分自身の内に潜む「弱さ」に対し、猛烈な危機感を抱いていました。

「おい、主人公!」という叫びは、本来の道から逸れそうになる自分を力ずくで引き戻す、鋭い叱咤であったわけです。

このエピソードを知ったとき、私は後悔とともに、深い恥ずかしさを感じました。
「自分は、なんと自分の道から逸れていたのか」と。

薄々気づいていたはずなのに、それを放置し、他人の価値観をまるで自分のもののように受け売りして生きていた自分。
その姿が、鏡に映ったかのように鮮明に見えたのです。

私が「騙された」瞬間の話

和尚が言った「他人に騙されるなよ」という言葉。
それは、悪意ある詐欺師から身を守れという意味ではありません。
もっともらしく聞こえる「世間の正解」に、自分の魂を明け渡すなという意味に受け取れます。

私自身、この言葉の重みを身をもって知った経験があります。
私は 長らく物流業界に身を置き、新規事業を模索してきました。

世間では「深刻な人手不足」が叫ばれ、
「もはや労働集約的なビジネスに未来はない。これからは知識集約型のモデルに転換すべきだ」
という価値観が、あたかも唯一の正解であるかのように語られていました。

私は、その価値観をそのまま受け入れてしまったのです。

「労働集約的なモデルを脱して、SaaSのような知識集約型のビジネスに変えなければならない」

そう思い込み、自社の強みがどこにあるかも見失ったまま、未知の領域へと足を踏み入れました。

結果は、惨敗でした。

開発したサービスは思うように仕上がらず、何よりその「売り先」へのリーチが自分たちには全くありませんでした。
ゼロからの開拓、積み上がる損失、一向に増えない売上。時間の経過とともに、ただただ消耗していきました。

もしあの時、私が「労働集約的な仕事に未来はない」という世間の雑音に耳を塞いでいたら。
もし私が、周囲の声ではなく、自分たちが長年培ってきた「現場の泥臭い強み」という自社の仏性を見つめていたら。

私は、世間のトレンドという「他人の人生」に騙され、自社のハンドルを投げ出してしまっていたのです。
「主人公」であることを辞め、誰かが書いた成功のシナリオをなぞろうとした結果、自分も社員も疲弊させてしまいました。

社員とその家族の未来を背負うということ

私たちは、自分一人の人生を生きているのではありません。
背後には、私たちを信じて付いてきてくれる社員がおり、その先には彼らの家族の人生があります。

もし、経営者であるあなたが「主人公」であることを放棄し、他人の引いたレールの上を走り続けるのだとしたら、その船に乗っている全員を、他人の気まぐれな目的地へと連れて行くことになります。

「家族を守るために、我慢して今の構造に従う」 その決断が、実は「家族の未来を他人の手に委ねる」ことになっていないでしょうか。

本当の意味で社員や家族を守るとは、経営者が自らの足で立ち、自社の価値を自ら定義する「主人公」としての誇りを取り戻すことから始まるはずです。
それは多重下請け構造という名の「他人のルール」から抜け出し、自社独自の道を切り拓くという覚悟に他なりません。

主人公として扉を開ける

みなさんは、どうでしょうか。
今、この瞬間に問いかけてみてください。

「自分は、主人公になっているだろうか?」

自社が本来目指していること、実現したいこと。
自社だけが持てる、強さの本質。

そこへ向かって、真っすぐに突き進んでいるでしょうか。

それとも、世間の流行り言葉や、取引先の顔色といった「雑音」に引っ張られ、流されていないでしょうか。

和尚ですら、毎日問いかけなければ、真っ直ぐに突き進むことはできませんでした。
ましてや私たちは、なおのこと、問いかけ続けなければ本来の道から逸れてしまいます。

問いかけ続けなければ、いつか他人の人生を歩むようになります。

「はい、しっかり目覚めています」 そう胸を張って答えられる瞬間を、一日のうちにどれだけ作れるか。

明日、職場の扉を開けるとき、あなたは「誰」としてそこに入りますか。
他人の期待に応えるだけの便利な機能としてでしょうか。
それとも、自らの運命を切り拓く、唯一無二の「主人公」としてでしょうか。

答えは、あなたの中にあります。

追伸

本稿で綴った「主人公」としての生き方、そして私が実際に下請け構造から抜け出すために格闘した記録を、一冊の本にまとめました。

いま、もしあなたが「他人の人生」を歩んでいる違和感に苦しんでいるなら、この本がそこから抜け出すための地図になるかもしれません。

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