時代の流れに乗ろうと新規事業に踏み出した男の末路

倉庫業や作業請負業の現場に長く身を置いていると、誰しも一度は思うことがあります。
「この労働集約的な苦労から、何とか抜け出せないものか?」
人を集めて、教育して、現場を組み立てて、日々のトラブルに対応する。まさに、体力勝負と人間力勝負。動き続ける現場のマネジメントは、想像以上に骨の折れる仕事です。静止点をつくってじっくり考えて改善するためには、どうしてもセンターが稼働していない土日を使うことになります。
そんなとき、世の中から聞こえてくる「DX」や「AI」といったバズワードが、妙に輝いて見えることがあります。
「もう、こういう未来型のビジネスにシフトしないと、時代に取り残されるんじゃないか?」
そんな焦りにも似た感情を持った方は、きっと私だけではないはずです。
実は、この「時代の流れに乗ろう」として大きな失敗をしたのが、他でもない私自身です。
あのとき私は、「夢を見ていた」
私はかつて、100人規模の作業センターを統括していました。年中無休で稼働する現場で、正月はパート社員が集まりません。だから私自身が現場に出て作業をしていました。気づけば、10年近く正月らしい正月を過ごした記憶がありません。
加えて、現場で発生する人間関係のトラブル、感染症対策、そして上がり続ける人件費。にもかかわらず、価格転嫁はまったく進まない。経営的には、非常に厳しい状態でした。
そんな閉塞感に包まれていたあるとき、「これからはデジタルの時代だ」「AIが世界を変える」という声が、業界の外から聞こえてきました。私には、それが“光”のように見えました。
「この技術を活用すれば、現場の苦労から解放されるのではないか?」
そう思った私は、ある新しいIT技術を使って、自社でクラウド型の新サービスを立ち上げるプロジェクトを開始しました。初めはとてもワクワクしていました。新しいサービスの仕組みを考えるだけで、まるで新世界に足を踏み入れたような気分になっていたのです。
しかし現実は、そんなに甘くなかった
技術は日進月歩で進化します。わずか数ヶ月で、自分たちが導入した技術は“時代遅れ”になり始めました。最初は数百万円していた仕組みが、半年も経たないうちに数万円で提供されるようになったのです。
当然、そうした価格競争に巻き込まれたベンダー側も体力を失っていきます。サポートしてくれていたベンダーの担当者も、いつの間にか退職していました。プロジェクトの維持すら難しくなり、最終的にはサービスの大幅な方向転換を迫られました。
私は、はじめて痛感しました。
「自分たちが長年かけて培ってきた強みを捨てて、“時代の流れ”という幻想にすがっていたのだ」と。
中小企業こそ、軸足を離してはいけない
いま振り返れば、「時代の流れ」というのは、たしかに美しく、きらびやかに見えます。しかし、その正体はとても速くて、複雑で、掴みどころがないものです。しかも、ベンチャー企業や資金力のある企業が、採算を度外視して突っ込んでくる。中小企業がそこに巻き込まれれば、体力を吸い取られてしまうだけです。
だから私は、声を大にして伝えたいのです。
中小企業の事業展開において、「時代の流れに乗る」ことは決して正解ではないと。
私たちには、私たちなりの戦い方があります。それは、自社が長年かけて築いてきた“軸足”を絶対に外さずに、そこにしっかりと体重を乗せること。そして、半歩ずつ踏み出していくことです。
いや、理想を言えば——
他人が半歩踏み出したところを「次の軸足」にして、もう半歩進めるくらいが、最も堅実で安全な一歩なのです。
時代に流されず、時代を“使う”ために
私は、時代の波に飲み込まれた経験があります。その中で、苦しみ、悩み、ようやくたどり着いたのがこの考え方でした。
たしかに、DXやAIといった技術を使わないという選択肢はありません。しかし、使うのは「自分たちの軸足」をより強くするためであるべきです。軸足を放棄して、すべてを“新しさ”に賭けるのは、あまりに危険すぎます。
地に足をつけた一歩。
誰かが切り拓いた道の、その次の一歩。
これこそが、倉庫業・作業請負業に相応しい“新規事業”の姿なのではないでしょうか。
そう、労働集約的だからこそ、他の企業は入ってこないのです。