生存者バイアスを味方にする思考術――無形商材の経営者に贈るビジネス心理

「うまくいった人の真似」が、なぜうまくいかないのか?
あなたも、こんな話を聞いたことがあるかもしれません。
「稲尾は、船の櫓を漕いで足腰を鍛えたから、名投手になった」
「江夏は、ブロック塀に向かって壁当てをしていたから、コントロールが抜群に良かった」
これは、かつて私が野球少年だった頃に読んだ本に書かれていた話です。
中学時代の私は、真に受けて、毎日コンクリートブロックに向かってボールを投げていました。
でも、いくら練習しても、思うようにコントロールは良くならない。
次第に私は疑問を抱き始めました。
もしかすると、これらは「うまくいった結果」を「それらしい理由」で語っているだけなのではないか?
生存者バイアスという落とし穴
このような現象には、「生存者バイアス(Survivorship Bias)」という名前がついています。
これは、「成功した人の話ばかりに注目してしまい、失敗した人の事例を見落としてしまう」という心理的な偏りのことです。
実は、稲尾と同じように船を漕いだ少年たち、江夏と同じように壁当てをした少年たちは、全国に大勢いたはずです。
しかし、その多くは名投手になっていません。
彼らの存在は語られないまま、成功した人だけがスポットライトを浴びる。
そこから「〇〇したから成功した」という因果関係が、後付けで作られてしまうのです。
これは、ビジネスの世界でも頻繁に見られる現象です。
「俺が若い頃は…」の危うさ
経営者のあなたも、こういう言葉を聞いたことがあるかもしれません。
「俺が若い頃は、飛び込み営業で数字を伸ばした」
「根性でやりきったから、今の地位があるんだ」
もちろん、そういう努力や過去の成果を否定するつもりはありません。
でも、それがいま現在も「再現性のある成功パターン」かどうかは、別の話です。
成功した人たちが語る体験談は、たしかに魅力的です。
しかし、その背景には時代の環境、業界の競争状況、たまたまの運、そういった要因も多く含まれていることを忘れてはいけません。
つまり、表面的な「成功法則」にだけ飛びついてしまうと、落とし穴にはまってしまう危険があります。
では、どうすればいいのか?
生存者バイアスを乗り越えるために、大切な考え方が2つあります。
1.批判的に見る「鳥の目」を持つ
まず一つ目は、「本当にそうだろうか?」と立ち止まって考えることです。
誰かが「こうすればうまくいく」と語っていたとしても、それを鵜呑みにするのではなく、一歩引いて、全体を俯瞰する「鳥の目」を持ちましょう。
たとえば、ある物流業の経営者が「うちは値下げ交渉を一切受けなかったから利益が上がった」と語ったとします。でも、それは本当に交渉を拒んだからうまくいったのか?それとも、その企業には別の魅力があって、お客様が離れなかったからではないか?環境や条件を丁寧に読み解くことが重要です。
2.一度やってみて、自分で確かめる
もう一つは、真逆のようですが、「まずはやってみる」ということです。
誰かの言っていることが正しいかどうかを、自分の頭で考えるだけでは限界があります。
実際に行動に移してみて、成果が出るかどうかを確かめてみることが一番の近道です。
もし「なんか違うな」と感じたら、すぐにやめて次の方法を試せばいいのです。
これは、無駄な努力ではありません。
むしろ、自分に合ったやり方を見つけるための必要なプロセスです。
「生存者バイアス」はストーリーが満載
さて、このコラムは、倉庫業や運送業、あるいは作業請負業に携わっている経営者・責任者を対象にしています。
これらの業界は、「目に見える商品がない=無形商材」として営業活動が難しいと感じることが多いはずです。
でも、逆に考えると、無形商材だからこそ、相手から「信頼」を得ることが最も重要です。
そのためには「ストーリー」を語ることが大事であることは、このコラムでも何度かお伝えしています。
情報提供、事例紹介、実績の提示……。
これらはすべて、「他人の成功体験=生存者バイアスを利用したストーリー」です。
「生存者バイアス」を盲信するのは避けなければいけませんが、「生存者バイアス」を使いこなすことができれば、無形商材の営業に必須の「信頼」を得る手段になります。
自分の「再現性」を作るには
最後にお伝えしたいのは、「あなた自身が、生存者バイアスの源泉になり得る」ということです。
たとえば、他社よりも高い作業品質を実現できたなら、それは「なぜか?」を振り返っておきましょう。
そして、その理由を「他人が真似できる形」にしてみてください。
そうすることで、あなたの言葉が信頼を生み、あなた自身が「選ばれる存在」になることができます。
ビジネスは、思っている以上に心理戦です。
残念ながら、「良いモノ」「品質の高いモノ」が常に売れる訳ではありません。
そして、心理戦の多くは「信頼」を軸に回っています。
信頼を得るには、情報を発信すること。
そして、他人の言葉を受け入れつつも、自分の頭で考えること。
「やってみる → 考える →改めてやってみる」
このサイクルこそが、ビジネスにおける成長の鍵です。