特定顧客への依存という危険な落とし穴

「落とし穴」に落ちた実体験
企業経営において、特定の顧客への依存度が高くなることは、大きなリスクを内包している。
とくに、倉庫業や作業請負業では、そのようになりやすい傾向にある。
「うちはあの会社と付き合いが長いから大丈夫」などと安心していると、思わぬ落とし穴に陥る。
かつて私自身も、同じ悩みを抱えていた。
売上10億円弱の事業で、約3億円もの売上をたった一社からの作業代行受託に頼っていたのである。
もともとは1億円程度の取引だったのだが、次第に拡大されて数年のうちに3億円にまでなっていった。
現場も営業も、大きな問題もなく流れているうちは良かった。
ところが、次第に状況が変わっていった。
顔色を伺う経営がもたらすもの
追加作業や細かな資料作成、時間外対応の要求。
これらを通常単価で引き受けることが、暗黙の了解になっていく。
料金交渉では強く出られず、ますます薄利へと追い込まれていく。
その結果、経営層にも現場にも、徐々にストレスが蓄積していった。
その間、その顧客を失う「怖さ」が私の頭の中に常にちらつき、現場も営業も顔色を窺う日々だった。
パート作業員が集まらない年末年始は、社員総出で現場対応にあたった。
思えば、その顧客との取引のあった10年間、正月にゆっくり休んだことは一度もない。
特定顧客への依存は、経営における自由を奪う。
顧客からの要望に、利益度外視で応じなければならない場面が増えていく。
やがて、誰のための会社なのかが曖昧になり、
あたかもその顧客のためだけに存在しているかのような組織に変質してしまうのである。
「新規開拓」だけでは本質的な解決にならない理由
この特定顧客への依存の問題を意識している経営者は多い。
特定顧客への依存を減らすために、新規開拓に力を入れている企業も少なくないだろう。
しかし、現実には思うように進まないことが多い。
いくら営業活動をしても、なかなか新しい顧客が増えない。
既存顧客に無理を飲んでまで取引してもらっている現状では、新規開拓でも同じ構図を繰り返すだけである。
無理を引き受けないと選ばれないサービスになっている以上、新しい顧客も、本質的には特定顧客と変わらない依存先になりかねない。
問題の根本にあるもの
問題の本質は、顧客開拓力ではない。
サービスそのものに、無理を強いられる設計が染み付いていることにある。
本来、サービスとは、無理を引き受けずとも選ばれるものでなければならない。
価格以上の価値を感じてもらえなければ、健全なビジネスにはならない。
にもかかわらず、既存サービスにしがみついている限り、いつまでも「我慢すること」を前提とした経営スタイルから脱することはできない。
本当にやるべきこと──新規事業・新サービスへの挑戦
だからこそ、やるべきことはシンプルである。
新規事業・新サービスに取り組むことである。
既存の顧客基盤や既存のルールに縛られない、まったく新しい提供価値を創造することが必要だ。
新しい事業・新しいサービスが生まれれば、そこには自然と新しい顧客層が生まれる。
そして、特定顧客への依存度は必然的に下がっていく。
新規事業は「経営の自由」を取り戻す戦いである
新規事業・新サービスの開発とは、単に未来の売上をつくるためだけではない。
本来、経営者が手にしているはずの「自由」を取り戻す戦いでもある。
誰かの顔色を窺いながら経営するのではなく、自社の理念や価値観を貫きながらビジネスを育てていく。
このために、新しい市場、新しい価値の創造に挑戦しなければならない。
それは、現場の社員にとっても希望になる。
「我慢」ではなく、「挑戦」で未来を切り拓く文化が生まれるからである。
まとめ──依存からの脱却は、自社の未来を守る第一歩
特定顧客への依存から脱却する近道は、新しい取引先を必死に探すことではない。
新しい事業、新しいサービスを生み出すこと。
これに真正面から向き合うことこそが、本当に自由で健全な経営への第一歩なのである。